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第19回
残された妻の住まいと老後資金を守る“権利”

約40年ぶりの民法改正によって、2020年4月から自宅の相続に関する新しい制度がスタートしました。残された配偶者が相続発生後も自宅に住み続けることができる「配偶者居住権」が認められることになったのです。「夫が亡くなった後に妻が自宅に住み続けるのは当然では?」という声も聞こえてきそうですが、果たしてどうでしょう。超高齢化が進む社会状況に照らしながら、配偶者居住権を活用すると良い場合とそうでない場合について、国税庁や国税局で相続関連の部門に長年勤務し、税務署長を務めた経歴を持つ税理士の坂本明美氏に聞いてみました。

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夫の死後、妻が自宅に住み続けることは難しい!?

Aさん夫妻(夫69歳、妻65歳)は、都内のマンションに夫婦2人で住んでいます。夫妻には数年前に結婚して近所に住む息子が1人いるのですが、最近Aさんは、自分が亡くなった後、妻子に何を残してやれるのか、ふと考えることが多くなりました。

Aさんの所有者する資産は、次のとおりです。

①自宅マンション 約80平米、駅徒歩5分、築20年で、評価額は4000万円
②現預金 2000万円

「妻には、せめて終の棲家(すみか)と、多少なりとも老後資金を残してやりたい」というのがAさんの希望です。

今持っている資産を法定相続した場合、妻と息子にはそれぞれ、①②の総額6000万円の半分、3000万円ずつを渡すことになります。となれば、マンションを売って現金に換えるのが早道です。もちろん、遺言書を作っておいたり、あるいは、相続の際に行う遺産分割協議で妻と息子が分配の内容を話し合うことで、「妻には住まいと老後資金を」というAさんの思いは遂げられるかもしれません。

しかし、実際はどうでしょう。相続は「争族」ともいわれるように、親族間でもめることは決して珍しくありません。また、日本人の保有資産のバランスは住宅などの不動産に偏っており、これも相続時に分配の仕方でもめる大きな原因だといわれています。

「夫が亡くなった後に妻が自宅に住み続けるのは当然」と言い切れない状況は、ごく普通に生じ得るのです。

妻の終の棲家と老後資金を確保するための新制度とは

そうはいっても人生100年時代、夫を亡くした妻がその後20年、30年と生きることは珍しくありません。「相続財産のうち自宅については、現金化せず妻の終の棲家としたい」。Aさんのそんな希望を叶えるのが、2020年4月から施行された配偶者居住権です。坂本氏は、「夫に先立たれた女性に終の棲家と老後資金を確保し、自立を支援するための制度」と説明します。

そもそも不動産の相続とは「所有権」を相続することを意味します。今回の法改正では、建物の所有権を「住む権利」と「負担付きで所有する権利」に分離し、それぞれを別の人が相続することが認められました。つまり、妻は住む権利を、子どもは(配偶者所有権が消滅するまで自宅を利用できない負担付きの)所有権を、それぞれ相続できるようになったのです。

したがってAさんの場合、2000万円相当の配偶者居住権と現預金1000万円を妻に、息子には2000万円相当の所有権と現預金1000万円を相続することで、相続金額は等しくなります。また、配偶者居住権の設定期間は原則終身ですから、妻には終の棲家と老後資金を残すという図式が成り立つというわけです。

ただし、Aさんがマンションを息子と共有名義としている場合などは、配偶者居住権の設定ができません。また、設定時には原則として登記(もしくは仮登記)が必要な点や、妻が亡くなった後は消滅するため、配偶者居住権自体を売買することはできない点にも要注意です。

親族でもめないなら通常どおりの相続を

配偶者居住権は、Aさんの例のように相続財産のポートフォリオが不動産に偏っていて複数の相続人がいる場合、中でも、「妻が子どもやその配偶者と不仲な場合」や、「子どもが病気などで妻(子どもにとっては母)よりも先立ち、その配偶者や子どもが自宅の所有権を主張する場合」などに活用メリットがあると、坂本氏はアドバイスします。

逆に言えば、不動産以外に現預金などの分割しやすい資産を十分に持っていて公平な遺産分割が行える場合や、親族間の関係が円満な場合は、あえて配偶者居住権の設定は不要と同氏は指摘します。

例えば妻(息子の母)が認知症になり、高齢者施設への住み替えを余儀なくされた場合など、息子がマンションを売却したくても配偶者居住権が設定されている間は売却が困難です。親族間できちんと話し合いができるのであれば、通常の相続のほうが資産活用の面や節税の面でも有利な場合もあります。

また、配偶者居住権を設定した場合、物件の維持費や税金を誰が負担するかが問題になることがあります。マンションの場合、「管理費と固定資産税は住人である妻が、修繕積立金や大規模修繕の一時金などは所有権を持つ息子が負担するのが原則」(坂本氏)です。

配偶者居住権の評価額は、設定時の妻の年齢(平均余命を考慮、年齢が高いほど低い)や建物の評価額で変わります。あくまでも相続対策の一手段であることを念頭に置き、専門家と相談しながら活用してください。

※2020年7月1日公示の路線価に基づく(コロナ禍の影響で変更の可能性あり)

監修/租税調査研究会主任研究員・税理士 坂本明美
イラスト/直美
ダイヤモンド・セレクト編集部(ダイヤモンド社)